大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎地方裁判所 昭和34年(行モ)6号 決定

申立人 古畑ミズエ

被申立人 長崎県公安委員会

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

事実

本件申立の趣旨は、「被申立人が、申立人に対し、昭和三四年一〇月二九日付をもつてした料理店営業許可取消処分は、長崎地方裁判所昭和三四年(行)第一一号行政処分取消請求事件の本案判決確定に至るまで、その執行を停止する。」との決定を求めるにあり、申立理由の要旨は、

一、申立人は、昭和二九年五月一四日、被申立人から、長公委指令俗第一五四二号をもつて、料理店営業の許可をうけ、以来料理店営業を継続してきたが、昭和三四年一〇月二九日付をもつて、被申立人から右営業許可の取消処分を受けた。

二、しかし、被申立人のなした右営業許可取消の本件処分は、左記理由により違法である。

(1)  本件処分の理由は、申立人が、その管理にかかる料理店において、従業婦をして売春をさせたというによるようであるが、右の理由とされた事実については、申立人の夫古畑正之助に対する売春防止法違反被告事件が、長崎地方裁判所に係属中であるから被申立人としては、すべからく、右事件の判決の結果をまつて処分を決定すべきであるにもかかわらず、全く一方的資料に基づいて処分としては最高のものである営業許可取消処分をしたのは違法である。

(2)  被申立人は、本件処分の根拠法令として風俗営業取締法第五条を掲げているが、同法同条は、公安委員会が行政処分をするについての前提手続たる聴聞手続を規定したもので本件処分の根拠法令たりえないものであるから、同法同条に基づいてなされた本件処分は、行政処分をするについての法令の適用を誤まつた違法がある。

(3)  本件処分の前提として実施された聴聞手続には次のようなかしがある。

第一に、聴聞の期日及び場所は、期日の一週間前までに当該営業者に通知しなければならないことは、風俗営業法第五条第二項に規定するところである。しかし、被申立人の申立人に対する聴聞期日は、第一回目は期日の二、三日前に、第二回目は期日の前日にいずれも電話で連絡されたのみである。このように、時間的予猶を与えないで実施された職聞手続は、申立人に陳述防禦の準備期間を与えず、右の規定に違反する。

第二に、申立人は、右聴聞期日当時病気であつたから、代理人として弁護士藤原千尋を選任して届出をしていたが、被申立人は、右聴聞を行うにあたつて、右代理人には、右聴聞期日を通知せず、病身で十分の防禦ができない申立人をただ形式的に審問したのみで直ちに本件処分をしたのは申立人の防禦権の不当な侵害である。

右のようにかしある聴聞手続を経てなされた本件処分もまたかしある処分であり違法である。

三、以上の理由によつて本件処分は違法であり、その違法は本件処分の取消原因となるものであるから、申立人は、被申立人を被告として、昭和三四年一一月五日、長崎地方裁判所に対し、本件処分取消の訴(昭和三四年(行)第一一号)を提起した。

しかし、申立人は、本件処分の執行により、営業を継続することができず、その営業による収益によつてのみ生計を維持してきた申立人にとつては、本件処分の執行により償うことのできない損害を生ずるのみならず、申立人の生計を維持するためには営業を継続すべき緊急の必要があるので、本件申立に及ぶ次第である。というにあり、

(疎明省略)

被申立人の右に対する意見は、

一、申立人は、被申立人から、昭和二九年五月一四日付長公委指令俗第一、三一九号をもつて席貸営業の許可を受けて営業中昭和三三年四月一日の売春防止法の施行により、昭和三三年三月三一日付長公委指令第一、五四二号をもつて料理店に種目変更の許可を受け、料理店営業をしていたが、被申立人は、昭和三四年一〇月二九日付をもつて右料理店営業許可を取り消す旨の本件処分をしたのである。

二、本件処分をするに至つた事情は次のとおりである。

申立人は、料理店営業の許可名義人であるが、かねて病弱のため営業にはほとんど関与せず、営業は申立人の夫古畑正之助によつて行われていた。

申立人並びに右古畑正之助には売春防止法違反の行為があつたので、被申立人は、風俗営業取締法第四条にあたると認めて申立人に対する前記料理店営業許可を取り消したのである。なお、右古畑正之助は、昭和三四年三月一六日、売春防止法違反被疑事実によつて逮捕され、同年四月一三日、長崎地方裁判所に起訴されている。

しかして、本件処分は正当であり、申立人の主張するようなかしはない。

(1)  被申立人は、前記のとおり申立人並びに古畑正之助に売春防止法違反の行為ありと認めて本件処分をした。およそ公安委員会が、風俗営業取締法第四条により営業許可取消等の処分をするにあたり、同法同条に規定する法令又は条例違反の行為を認定するについては、公安委員会が入手しえた客観的資料に基づいて該事実を認定すべきであり、これについて刑事訴訟事件が係属しているばあいは、その判決の結果をまたなければ行政処分ができないと解すべき根拠はない。

(2)  本件処分は、風俗営業取締法第四条に基づくもので、申立人に交付した処分決定書に同法第五条を掲げているのは、係員が原決定を書き写す際誤記したものである。右のような誤記は本件処分の効力に影響を及ぼすものではない。なお、被申立人は、誤記があることを発見したので、昭和三四年一一月七日付訂正通知書を申立人に交付した。

(3)  聴聞手続について、

古畑正之助に対する聴聞は、昭和三四年九月一五日午後三時に聴聞通知書を交付、同日聴聞の期日及び場所を公示し、同月二二日午後一時四〇分から実施している。

申立人に対する聴聞は、昭和三四年一〇月二〇日に行うことにして同月一三日に聴聞の期日及び場所を公示し、同月一四日午後二時に聴聞通知書を交付した。ところが、申立人から同月十九日に至り、聴聞期日変更申請があつたので、被申立人はこれを容れて期日を同月二九日に変更し、同日聴聞を行つた。右の変更後の期日は、同月二七日、二八日の二回にわたり申立人の夫古畑正之助に電話で通知している。

右のように、申立人に対する聴聞期日についても、最初は、一週間前に通知しているから、変更後の期日を一週間前に通知しなかつたからといつて、風俗営業取締法第五条第二項に違反するものではない。

次に、代理人に対する聴聞期日の通知は、本人に対する通知がある以上必要ではない。

三、以上のとおり本件処分は正当であつて、申立人が提起した本件処分の取消を求める本案請求は失当である。

よつて本件申立は却下されるべきである。

というにある。

(疎明省略)

理由

一、本件につき本案訴訟(当裁判所昭和三四年(行)第一一号行政処分取消請求事件)が当庁に係属していることは、当裁判所に顕著な事実であるから、本案の請求が疎明されているかどうかにつき、まず検討する。

二、申立人が、被申立人から料理店営業の許可をうけて営業中、昭和三四年一〇月二九日付をもつて料理店営業許可取消処分(本件処分)をうけたことは、申立人及び被申立人の主張事実によつて明らかである。

よつて、本件処分に申立人の主張するような取消原因たるかしがあるかどうかを判断すると、

(1)  本件処分の理由とされた事実について、申立人の夫古畑正之助に対する売春防止法違反被告事件が当裁判所に係属していることは、申立人及び被申立人の主張事実にてらして認められるところである。しかして、このようなばあいには、被申立人としては営業許可取消のごとき重大な処分をするについては、右刑事訴訟事件の判決の結果をまつて処分を決定すべきである、と申立人は主張する。

しかしながら、行政処分と刑事処分とは同一事実を原因とするばあいでも、その目的手続を異にするものであり、行政庁が刑事裁判所とは異る資料に基づいて行政処分の原因たる事実を認定して行政処分をすることはなんら違法ではないから、申立人の右主張は理由がない。

(2)  次に、申立人は、本件処分は法令の適用を誤まつた違法があると主張する。

なるほど、申立人提出の処分決定書によれば、申立人に交付された右決定書には、風俗営業取締法第五条により営業許可を取り消すとの記載があることが疎明される。しかし、被申立人提出の疎明資料によると、本件処分は同法第四条に基づいてなされたことが明らかであり、右決定書の第五条とあるのは第四条の誤記であることが容易に発見できるところである。

右の誤記は、本件処分の効力になんらの影響を及ぼすものではない。

(3)  また、申立人は、被申立人が本件処分をするにあたつて、行つた聴聞には手続上のかしがある。

第一に、申立人に対する聴聞期日の通知が期日の一週間前までになされず、第一回目は期日の二、三日前に、第二回目は期日の前日に、いずれも電話で連絡されたのみである、と主張する。

そして、被申立人提出の疎明資料によれば、被申立人は、最初申立人に対する聴聞を昭和三四年一〇月二〇日に実施する予定で同月一四日に聴聞通知書を申立人に交付したが、同月一九日に至つて、申立人から期日変更申請があつたので、被申立人は、これを容れて期日を変更し、同月二九日に聴聞を実施した。同日の聴聞期日は一週間前までに通知されなかつたことが疎明される。

右の事実によると、最初の期日の通知は六日前になされていることになり、辞句の解釈のみよりすれば風俗営業取締法第五条第二項の聴聞期日を同法第四条の規定による法令又は条例違反の行為及び聴聞の場所とともに期日の一週間前までに通告しなければならない、との規定に違反する。しかし、本件においては、申立人に対する聴聞は最初の予定であつた昭和三四年一〇月二〇日には実施されず、申立人の変更申請によつて同月二九日に変更され同日行われていて、最初に聴聞通知書が交付された同月一四日から二週間以上経つて実施されていること、また、申立人に対する聴聞より一カ月以上も前に、申立人の夫古畑正之助が、申立人が聴聞をうけた事実と同じ事実について聴聞をうけていることが、被申立人提出の疎明資料によつて疎明されるから、申立人に対する防禦の準備期間は十分に与えられていたことが認められるところであり、最初の期日の通知が一日遅れ、また、変更された期日の通知が一週間前までにされなかつたからといつて、聴聞が違法であると断ずることはできない。のみならず、聴聞が違法であるから、直ちに本件処分が取消に値する違法であるとの申立人の所論にもにわかに賛成することができないところであつて、要するに、申立人のこの点の主張は理由がない。

第二に、申立人は、聴聞の代理人を選任して届出をしたのに、聴聞の通知を代理人にしなかつたのは違法である、と主張するが、代理人があるばあいには、代理人にも聴聞の通知をしなければならないとの規定はなく、むしろ、風俗営業取締法第五条第二項によれば、聴聞の通告は、営業者にすることになつているから、代理人に対する通告をしなかつたが故に聴聞手続が違法だとはいえない。

三、以上の理由により、本件においては、本件処分の違法性を疑わしめるに足りる疎明がないから、本案請求が理由があることを前提とする本件申立は、執行停止の必要性の有無につき判断するまでもなく、これを認容しがたいから却下し、申立費用の負担につき、民事訴訟法第二〇七条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 高次三吉 平田勝雅 江藤馨)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例